社説の縮約を終えてのまとめ

一応30日分の縮約が終わったため、まとめというか自分語りをする。

縮約の成果が出てないではないかとか言わないでください。

きっかけ

そもそものきっかけは、社説の縮約が日本語の読み書きのトレーニングになると『日本語練習帳』で紹介されていたことだった。

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)

詳しい説明はこの本を見てほしい。

縮約のルールは以下の通りである。

  1. 縮約とは、要約することや要点を取ることではなく、地図で縮尺というように、文章全体を縮尺して、まとめること。
  2. 1行20字詰20行の原稿用紙を使い、最後の1行あるいは2行の空白を作ってもいけない。つまり、ぴったり20行にわたる文章にまとめる。
  3. 400字から1字はみだしてもいけない。
  4. 句点(。 )、読点(、)は1字文取る。
  5. 全文を段落なしに書き続けてはいけない。途中に段落をつけ、改行すること。
  6. 題目は字数外とする。

これを30日分繰り返すことで力がつくというのだ。

「社説の文章の縮約を30回すると有効だと思います。ええっ?30回も?と思うでしょう。ところが、続けていくと途中から目が鋭くなって、肝心のところが読み取りやすくなり、かなり書けるようになります」

せっかく夏休みだったので、やってみることにした。

縮約作りに関する問題

社説はネットで簡単に見ることができる。

新聞社説一覧

これを使ってもよいのだが、私の家では親がいまだに朝日新聞を取っているため、それを使った。

やってみるとわかるが、縮約はなかなかの頭脳労働である。ディスプレイ上ではとてもできない。

紙媒体の方が印刷の手間が省ける上、段組みがしっかりしていて読みやすかったのだ。

なんとか縮約を作ってみると問題が出てくる。できた縮約の出来が良いのか悪いのか判断しづらい。

縮約に明確な答えはもちろんないのだが、複数ある縮約の中からより良いものを選ぶことはできるはずだ。

1人で作って悦に入るだけでは成長するものも成長しないだろう。

『日本語練習帳』では、複数の人で同じ社説について縮約を作り、互いに批評し合うことが勧められている。だがそんな知り合いはいない!

せめて、他の人が作った縮約(日付や新聞社は問わない)はないかと探してみた。

『日本語練習帳』にはお手本として1つの例が載っているが、これだけでは少なすぎる。もう少し他の例も見て参考にしたい。

ところが、ネットにはほとんど見つからない。

困ったため、ブログに書くことにした。私と同じ悩みを持った変わり者の参考になればよいと思ったのだ*1

また、縮約を作るときに考えたことを文章にすることで、思考が整理されるだろうという思惑もあった。

ルール2を見ればわかるように、縮約は原稿用紙のフォーマットで作るように指示されている。これをはてなブログで再現する必要がある。

今回は、まずエクセルを使って縮約を作成し、それをhtmlに変換するという方法を取った。

具体的な方法は次の記事に書いた。

7/25の朝日新聞の社説の縮約 (1/30) - 予行練習

7/26の朝日新聞の社説の縮約 (2/30) - 予行練習

終えての感想や意識すると良いと感じたこと

縮約作りは、文章中の単語の入れる、入れないの選択の繰り返しだと言える。

入れる、入れないを判断する際に考えるとよい(少なくとも自分がやっていた)のは次の点である。

もちろん常にこれらが正しいわけではないので、あくまで参考までに。

  • 主張を捉える
  • 情報の新旧を意識する
  • 不要な修飾を落とす
  • 反復を落とす
  • 例示を落とす
  • 文章の型を意識する
  • 作成過程を残す

まとめてみると、作文術に関する文章で言われることの焼き直しにしかなっていない。

主張を捉える

そのままである。縮約の主張はその文章の主張と同じになるはずである。主張を捉えそこなった場合、縮約もお粗末なものになるだろう。

もっともそんなケースはまずない。社説の場合はタイトルが主張になっているためだ*2

文章の中には大抵タイトルと同じ言い回しが現れる。それはまず入れるべきだろう。

また、文章だけでなく個々の段落にもそれぞれの主張がある。可能な限りそれも拾っていく。

特に、逆接の後には重要な事実や主張が来ることが多い。

そのため、逆接の前は切ってしまっても問題ないことが多い。

情報の新旧を意識する

社説には、話題となっている制度などの歴史についての段落がよく出てくる。

私はその情報は重要ではないと判断していた(あくまで私見)。

というのも

  • 歴史は調べればある程度はすぐにわかるし、詳しい人は知っている
  • 歴史そのものが情報として重要であることは少ない

と考えていたためだ。

社説はニュースに基づいて書かれている。ニュースは誰もが初めて知る情報である。そのため、情報としての重要度は高いと言えるだろう。

一方、歴史や過去の情報は調べればわかる上、知っている人も少なくない。

ニュースを省いて歴史を入れるよりは、逆の方が良いだろう。

また、社説の中で歴史そのものが重要な意味を持つことは多くない。

歴史そのものが意味を持つとは、ニュースや主張が「これまではAだったが、今回はじめてBになった」などと過去と対比させるものになっているということだ。

この場合はBになったことだけを言ってもわかりにくい。Aであることを説明するほうが良いだろう。

縮約を作っていてこのような例はあまり多くないと感じた。

例えば、8/23の社説には「国や自治体に一定割合以上の障害者の雇用を求める障害者雇用率の制度ができたのは1960年。76年には民間企業にも義務づけられた」という記述がある。

8/23の朝日新聞の社説の縮約(29/30) - 予行練習

この記述からは大きく3点が読み取れる。

  • 障害者雇用率は一定割合以上の障害者の雇用を求める制度
  • 国や自治体に制定されたのは1960年で、できてから60年近く経っている
  • 民間企業に制定されたのは国より遅く、76年

1つ目については社説の冒頭で説明があるため反復になっている。

2つ目はこの後の文章に制度ができてからの年月についての記述がない。

3つ目もこの後の文章に国より遅いことが言及されていない。

というわけで、歴史についての記述は単発になりがちで、他の情報との結びつきが薄いことが多い。このような情報は落としてしまっても縮約そのものに影響しない。

不要な修飾を落とす

これもそのままである。修飾語は大抵省略して問題ない。

例えば、8/24の社説の冒頭には「オスプレイ沖縄県民の強い反対を押し切って、12年から普天間飛行場海兵隊のMV22の配備が始まり、24機の拠点となっている」とある。

これは縮約では「オスプレイ沖縄県民の強い反対を押し切って、12年から普天間飛行場海兵隊のMV22の配備が始まり、24機の拠点となっているった」

となっている。

「沖縄」は「普天間飛行場」から明らかである。「強い」は修飾なので不要である。「海兵隊のMV22」も修飾である。

8/24の朝日新聞の社説の縮約(30/30) - 予行練習

また、「Aではないか」「Aだと思われる」「Aと言わざるを得ない」「Aであることは明らかだ」などという言い回しは文字数を消費する。すべて「Aだ」としてしまってよい。

ここで重要なのは「少なくとも筆者はAだと考えている」ことであり、その言い回しは重要ではない。

確信を持っていない場合はそもそも文章に出すことはないだろう。書いている以上はそう思っていると考えてよい。

もちろん、必要な修飾もある。修飾そのものが意味を持つ場合だ。

先ほどの例では「強い」は省略していた。これは先ほどの文では「反対を押し切って」が重要だったためであり、「強い」ことは比較的重要性が低いためである。

「強い」ことが意味を持つような文章では省くことができないこともあるだろう。

反復を落とす

これもそのままである。筆者の主張に多い。

大抵主張は前の方にある。同じ主張を後ろの方で、別の単語を使って繰り返すことがある。そういった場合は前の方を採用し、後ろのものは消すほうがよい。

また、似た単語が複数並ぶことがある(「事故やトラブルが多発」など)。これは匙加減だが、どちらかにしてしまってよいと思う。

例示を落とす

「修飾を落とす」に近いが、例は落としてしまっても問題ないことがある。

例えば「虚偽の申告によって犯罪と関係ない人が巻きこまれるなど、司法取引にはさまざまな懸念がつきまとう」という文章があった時には、前半の「~など」より前の部分は切ることができるだろう。

もちろん、あまりに説明不足になる場合は省かない方がよいこともある。

また、一つの段落が全てあるものの例に使われていた場合、段落ごと省いてもよいことがある。

文章の型を意識する

これまでの説明で「切ってしまってもよい」などという表現を使ってきた。なぜそのように言えるのか考えてみる。

そもそも社説は大抵「問題の提起」を目的に書かれている。「Aは問題だ(だからもっとBしろ)」と主張するのだ*3

その目的は縮約でも変わらない。

つまり、よい縮約とは、もとの文章より少ない文字数であっても、もとの文章と同じ目的を果たせている縮約だと言える。

今まで「省略できる」などと言って挙げてきたものは、省略しても文章全体の目的を損なうことがないと言えるものだ。

とはいっても、これはあくまで傾向であり、常に正しいわけではない。

結局は、もとの文章を読んでみて、一つ一つの単語の取捨選択によって目的を損なったかどうかを判断する必要がある。

これを判断する助けになるのが文章の型を意識するということだ。

型を意識することでいわゆる「先読み」が可能になる。

社説では、その目的である「問題の提起」を果たすため、次の4つのフェーズで説明を行うことが多い。

  1. 問題の概要(きっかけとなるニュース)
  2. なぜそれを問題と見なすのか
  3. どのようにしてその問題が表れたのか(原因、経緯)
  4. それをどのようにして解決すべきか

2~4の順番や文字数は日によって異なる。

社説を読むと、明らかに話の内容が変わる場所があることに気づく。大抵の場合、内容が変わる時は上に示したフェーズが切り替わっている。

これらの問いと関係ない情報は全て省略できる。結局のところ、これまで述べてきた

  • 情報の新旧を意識する
  • 不要な修飾を落とす
  • 反復を落とす
  • 例示を落とす

によって省略できる情報は、1~4の問いに答えていないといえる。

これを後ろに置いたのは、型を意識するのは最初は難しいと感じたためだ。

ある程度自分で試行錯誤した後で、改めて意識することで理解できるのではないかと思う。

また、一般には社説のような文章ばかりとは限らない。異なる型を持つ文章もあるだろう。

型にとらわれすぎると文章を誤解しかねない。

作成過程を残す

このブログでやっていることだが、なぜその単語を切り、その単語を入れたのかを、自分なりにまとめるとよい。

縮約を一通り作った後でも、なぜそうしたのかをブログにまとめる過程で改善案が見えてきたりした。

ブログとして公開する必要はないが、一つ一つ説明できる方が良いだろう。

最後に

縮約を作ってみて、日本語の運用能力が上がったかどうかはまだわからない。

ただ、文章の型については意識できた。これは他の文章を読む助けになると感じた。

型について意識できたのは最後の10日間くらいであるため、それ以前の縮約の出来は悪いだろう。

初期に作ったものは改善できると思う。

また、縮約をやったからといってわかりやすい文章が書けるようになるというものでもない。

推敲が甘ければ支離滅裂なものになってしまう。それには気をつけたい。

*1:参考になるかは謎

*2:たまに疑わしいものもある

*3:Bは朝日の場合大抵ムチャぶり

8/24の朝日新聞の社説の縮約(30/30)

今日の社説はこちら

www.asahi.com

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0
1   C V 2 2 5
2 1 0 1 た。
3  
4   12
5
6  
7
8  
9  
0
1 だ。
2  
3
4  
5
6
7  
8
9  
0

オスプレイの横田への配備が発表された。配備にあたって住民の不安を解消するよう求めている。

第1段落は発表内容である。これが主題となる。

第2段落は今後の見通しについて述べられている。

第3段落では筆者の主張が述べられる。「多角的に判断、対応しなければならない」というのはよくわからない。

ここでは、「多角的」を字義通り「いくつもの観点から物事を見て」という意味に解釈する。

政府もバカではないのだから、様々な調査を行い、「多角的」に判断した結果配備ということになったと考えるのが自然だ。

この主張だと、政府は「多角的」に判断していないことになるが、そう言えるだけの根拠があるのだろうか。

また、「住民の不安に向き合うべき」ということは、今は向き合っていないということだ。

どういった理由から向き合っていないと判断したのか。

第4段落ではオスプレイ配備の歴史について触れられる。政府が反対を押し切って配備を決めたことが、不安に向き合っていないことの一つ目の例である。

第5段落では不時着があったにもかかわらず、政府が飛行再開をすぐに認めたことが述べられる。これは二つ目の例である。

「早々に」というのがあいまいだが、「十分な調査をせず」という意味だろうか。

12年に配備され、一昨年(16年)に不時着ということは、4年は事故がなかったということになるが、それは多いのだろうか。

第6段落では安全確保の重要性が述べられる。CV22が特殊作戦にあたることも述べられているが、特殊作戦だろうがなんだろうが安全確保が重要であることに変わりはないだろう。

第7段落では政府が米軍の訓練の予定について把握していないことを「無責任」と断じている。なぜ無責任だと言えるのか。

第8段落では騒音問題への対策も必要であることが述べられている。騒音が問題となることは理解できるが、「解決にはほど遠い」ではどう遠いのかわからない。

国が勝訴するのか、まともに取り合わないのか。国が訴訟にどういう姿勢を取っているのか示してほしいところだ。

第9段落では、ドイツやイタリアは訓練をする際に承認が必要であると明かされる。日本はそれを求めていないらしい。これだと確かに無責任だといえそうだ。

第10段落では、横田への配備が沖縄の負担を軽減する見込みは薄いことが述べられる。これに関しては、沖縄の基地負担が大きいことを思い出す必要がある。

「横田に配備すれば負担が軽減されると読者(や政府)は考えるかもしれないが、そうはならないだろう」というのが筆者の主張だ。

第11段落では、日本が無責任な態度を取る原因として日米地位協定を挙げている。これは数日前に見た内容だ。

第12段落では総括がされている。

一通り読んでみると、「政府が多角的に判断していない」と主張する根拠は見られない。

「多角的に判断していない」ことの根拠を示すには、配備に至るまでの意思決定の過程に関する分析が必要である。

例えば、「(公表されてはいないだろうが)議事録を確認すると、軍事的な側面やアメリカ側への配慮に関する発言しかなかった」などという情報だ。

この文章にはそれがないため、憶測で語っているように見えてしまう*1

むしろ多く触れられているのは「不安に向き合っていない」ことである。

  • 第4段落の「反対を押し切って配備決定」
  • 第5段落の「事故があったにもかかわらず早々に飛行再開」
  • 第7段落の「訓練の把握ができていない」
  • 第8段落の「騒音問題への対策も必要」

これらの4点は縮約に入れるべきだろう。

逆に、「多角的に判断すべき」という主張は根拠が示されていないため、縮約には入れられない。

第9段落以降は、日本の姿勢の原因を地位協定に求め、それを改定した*2ドイツやイタリアでは(一応)不安に向き合えていることが述べられる。

第10段落の扱いが難しい。沖縄への基地負担の集中が第11段落で示される提言のきっかけになったということをほのめかしているのだろうか。

第9段落で、なぜ日本が不安と向き合えないのかについて述べ始めていたはずが、いきなり沖縄の負担が軽減されるかどうかに問題が変わるために混乱するのだと思う。

第10段落を省いても第9段落と第11段落はつながってしまう気がする。「政府として求めることもしない日本」という「問題の根は日米地位協定」にあるためだ。

第12段落は今の日本政府と米軍との関係を(実態はともかく)簡潔に表しているため縮約に入れた。

「日本語練習帳」で薦められていた30日分の縮約づくりが終わった。

30日やってみての感想は記事を改める。

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)

*1:私の知識が不足しているだけで、詳しい人には常識なのかもしれないが

*2:改定したという情報は本文にないが、数日前の社説に載っていた

8/23の朝日新聞の社説の縮約(29/30)

今日の社説はこちら

www.asahi.com

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6 た。
7   だ。
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0
1  
2  
3
4 い。
5   1 4
6
7
8   4 2
9 . 5 %
0

法で定められた障害者雇用率を本来は満たしていないにもかかわらず、満たしているとしていたという疑惑について書かれている。

第1段落は嘆きである。この内容は本文を読めば伝わるので縮約には入れない。

第2段落では問題の概要について述べられている。

総務省農林水産省など」はいらないだろう。「複数」というのは重要な情報である。

「過大に算出」と「水増し」は同じ意味なのでタイトルにある「水増し」のみを縮約に入れる。

厚生労働省の」はどこの指針かはあまり問題でないため省略する。

障害者手帳や医師の診断書などによる」も例であるため省く。

第3段落では地方自治体でも似た問題が発覚していることが述べてられいる。一応入れておく。

問題について述べられている文章を読んでいくうえでひとまず気になるのは、次の3点である。

  1. なぜそれを問題と見なすのか
  2. なぜその問題は生じたのか
  3. その問題はどうすれば解決できるのか

これらについてなんとなく意識しながら読んでいく。

ここまで読んだ限りでは、1.に関しては「法律違反の可能性があるため」と答えることができるだろう。

あとは2.と3.について考えていく。

第4段落では筆者の主張が述べられている。これも縮約には必要だろう。

第5段落では雇用率が制定された経緯について述べられている。

2.についてのヒントになるかもしれない。

第6段落では国の機関や自治体は民間企業より高い目標が設定されていることが述べられている。

実現が現実的でない高い目標のために水増しせざるを得なかったのかもしれない。

第7段落では第2段落の内容を具体的に述べている。なぜこの段落がここにあるのかよくわからない。

第6段落で、行政機関は民間企業より高い目標が設定されていると述べられている。昨年の行政機関の平均雇用率は2.3%であることが述べられているが、民間企業については数字が出てこない。

例えば、行政機関の目標が民間企業より極端に高い数字であるならば、「実現が現実的でない高い目標のために水増しせざるを得なかったのかもしれない」という予想の裏付けになるが、出てこない以上判断しようがない。

そう思って読んでいると、逆接の後の「共生社会の理念を軽んじた行為と言うほかない」という部分が筆者の主張であることがわかる。

この「共生社会の理念」は第5段落で示したものだと思われる。

筆者は1.について、法を侵しているというよりも、第5段落の「理念」に反していることが問題であると考えているようだ。

そうなると、第5段落と第7段落の間にある第6段落でも、1.について考えているのであり、2.の原因について考えているわけではないことが伺える。

そのため、原因の一つかと思われた「高い目標」を、筆者は原因として見なしていないと考えられる(実際はともかく)。

第8段落では、なぜ問題が起きたのかと提起しており、民間企業との運用の違いを原因として挙げている。ようやく2.や3.について述べられそうだ。

気になるのは「運用の違いも一因」の「も」である。ここまで読んできて、民間と行政機関で異なるとわかるのは目標くらいである。

「目標に加えて、運用の違いも一因」という解釈でよいのか不安になってくる。

一つには、目標も運用の一部のような気がしてしまうためだ。わざわざ分ける必要はあるのか。

また、目標の違いを原因として見なすなら、先ほども言ったように企業の法定雇用率も示して比較してほしいが、それがない。

どうにももやもやする。

ちなみに、企業の法定雇用率は昨年度までが2.0%であり、今年度からは2.3%となっているらしい。

昨年度の行政機関との差は0.5%である。これを大きいとみるか小さいとみるかは意見が分かれるだろう。

第9段落では運用の違いについて具体的な説明がされる。これは重要な情報だろう。

第10段落では調査姿勢の甘さについて述べられている。これも原因の一つだろう。

第11段落では4月から雇用率が引き上げられたことについて述べられている。比較的新しいため入れておく。

第12段落は総括である。第4段落と同じ内容であるため省略する。

ということを考えながら縮約を作ったのだが、読んでみるとちぐはぐな文章になってしまった。

問題はやはり第5~7段落にあると思う。

これまで縮約を作ってきた経験から考えると、第7段落の「共生社会の理念を軽んじた行為と言うほかない」を第1段落に持ってくるのが朝日新聞的な気がする。

次に、第7段落の冒頭を第2段落に盛り込むか、第3段落に配置すべきだろう。

そして、第3、4段落は今のままとし、第8段落の一行目を第5段落とするのがよい。

ここで「なぜ起きたのか」と提起し、そのあとに第5段落の内容を第6段落とする。

ここで説明すれば第1段落で示された「共生社会の理念」はこの内容だとわかるだろう。

そうすると、第6段落は第7段落に来る。「目標の違い」も原因の一つだと見なせるため、第8段落の2行目の「も」に自然につながる。

なぜこうしなかったのかはわからないが、いきなり「共生社会の理念」といってもわかりにくいため、理念の内容を説明する段落が必要だと判断されたのだと推測する。

次に、文章の構造ではなく内容について感じたことを書く。

筆者が挙げているように、企業は納付金を課せられたり訪問検査もあるのに対し、行政機関にはそういった体制がないというのは不公平な気がする。

社説によれば、厚労省は行政機関の「平均雇用率」が法定雇用率を上回っているとしている。個別の機関については書かれていない。

企業は従業員100人以上ならば法律が適用されるのに対し、行政機関はひとまとめにしているのは抜け目がない。

どこかが異様に高く、異様に低い機関を補っていたりはしないのだろうか。

調べてみると、国の行政機関の中では個人情報保護委員会以外が目標を達成しているそうだ(その数字が怪しいのだが)。

www.mhlw.go.jp

どこかが補っているということはなさそうだ。

最後にこの問題の解決策について素人考えを巡らせてみる。

個人的には、行政機関にもペナルティを課してしまえばいいと感じる。

企業の中には、様々な事情から、障害を持つ方が働きやすい環境を整えることができず、批判を承知で納付金を納める企業もあるはずだ。

行政機関も内情は似たようなものだと想像する。ただ、行政機関は納付金のような制度がない以上、目標を達成できなければ違法ということになってしまう。

法を侵してはならないが、それは不可能であると職員が判断した結果、水増しという事態になってしまったのではないか。

そのため、企業における納付金のようないわば「逃げ道」を用意してやれば、水増しはなくなると思われる。

もっとも、納付金を払うのすら嫌がり、水増しは続くかもしれない。

その納付金は誰のものになるのかということも問題ではある。

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)