『経済ってそういうことだったのか会議』 第4章 アメリカ経済

なぜアメリカはアメリカになり得たのか?

佐藤の疑問は2つある。

  1. アメリカはなぜ他国の問題に当然のように首を突っ込んでくるのか?
  2. アメリカ人はアメリカンドリームをはじめとする、ビジネスゲームになぜ躍起になって勝とうとするのか?

少々偏っている気もするが、映画などで見るアメリカ人のイメージはこれに近いものもある。

まず、アメリカが多民族国家であるということを無視できない。国土は日本の25倍、人口は約2.6倍である。東と西で時差があり、飛行機で移動するのに6時間かかる。

日本 アメリ
国土 378,000 km2 9,628,000 km2
人口 1億2667万人 3億2314万人

アメリカ合衆国の成り立ちを考えてみる。メイフラワー号が上陸したプリマスという町には今でも"New World"という標識が多く見られるらしい。ドヴォルザークの「新世界」はアメリカを表している楽曲だった。アメリカに「ニュー」がつく地名が多いことにも対応している。

では古い世界とは何か。それはヨーロッパであり、イギリスであり、カトリックである。ヨーロッパ諸国、特にイギリスにおけるしがらみや失敗を繰り返さない、という決意がアメリカの建国の意識としてあるという。

竹中:カトリックプロテスタント、この2つの宗教の対立というしがらみの中からプロテスタントたちは自由の地を求めてアメリカに渡ったんです。他の国が侵している過ちを正すためにこの国はある。つまり世界の警察、言い換えれば「世界の公共財」だという認識が、当然の前提としてアメリカにはあったわけです。

自国でイギリスのような過ちを繰り返さないというのなら分かるが、なぜ他国を正すというところまで進んでしまうのかがこれだけでは分からない。また、アメリカがモンロー主義を取った時期もあることを考えると、いまいち納得がいかない。あくまでこれは建前と考えるべきだろう。

竹中:一方で、アメリカという国は世界にコミットしていたいという本音があります。一度影響力を持つと、それを失うのはとても嫌なものなんですね。(中略)湾岸戦争の後、アメリカ軍が引き揚げるか引き揚げないかのときに、クルド族がイラクのなかで独立しようとしました。敵国であるイラクの正規軍から迫害を受けていたクルド族が独立しようとしたのだから、アメリカの立場からいうと、それを助けるのは当然ですよね。でもアメリカはそんなこと絶対にしないんです。(中略)なぜかというと、アメリカは多民族国家だから、民族の自立なんてされたらアメリカそのものが成り立たなくなってしまいます。

結局のところ、アメリカも他のヨーロッパ諸国のように利害に基づいて動いているということのようだ。

なぜアメリカはこれだけの影響力を持てるのか?

その理由の一つとして、開拓をした近代国家であることが挙げられている。アメリカは開拓をしてもらうための制度作りに長けているというのだ。

竹中:フロンティアを開拓していくのに、国はどうしたらいいかというと、頑張れば頑張るほどもうかるような仕組みを人為的に作っておいてやればいいんです。隣の人のことをかまうより、自分で開拓しろ。そうしたら、この広大な土地は全部自分のものになると。すでに村ができあがっていて隣の人と仲良くやっていきましょうというようなヨーロッパや日本とは全然違います。

このことについて分析したのがターナーによる『アメリカ社会におけるフロンティアの意義』という論文だという。これはフロンティア学説と言われる。

www.gutenberg.org

kotobank.jp

The Significance of the Frontier in American History - Wikipedia

この学説は1930年代までは主流だったが、1940年代以降に反論が加えられ、現在ではアメリカの発展の要因はフロンティアだけであるとは言えなくなっているらしい。

なぜアメリカはスピード重視になったのか? デファクトスタンダードの話

竹中:国境を越えて、人間を含めていろんなものが移動できるようになると、共通のルールが必要になりますね。たとえば会計基準みたいなルールが典型です。じゃあルールってどうやってできるのか……。(中略)先にやってしまったらそれが定着するわけです。これが「ドゥーファクト」です。まず事実をつくれというのが「ドゥ―ファクト」で、それがデファクト・スタンダードだ。(中略)決してアメリカが「早くやらないとミサイル撃ち込むぞ」と言ってるわけじゃないし、「みんな英語話せないと、貿易制裁するぞ」と言ってるわけでもないんですが、ほっといてもみんなアメリカの真似をしているのです。これはアメリカが「ドゥ-ファクト」で既成事実を作って世界を魅き付けていることを意味しています。(中略)では早くやるのにはどうしたらいいかというと、いろんな試行錯誤をたくさんやってる国が絶対強いですよね。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、一万のトライアルをやってたら、そのうち一つはモノになりますね。(中略)日本みたいに「そういうことをやってはまかりならん」というような規制があったら、百や二百のトライアルしかできない。そんな中から成功者なんて出てこないですよ。

デファクトスタンダードの反対がデジュリスタンダードである。標準化団体によって定められた標準規格のことで、ISOやANSI、JISなどがそれにあたる。デファクトスタンダードは独占や顧客の囲い込みが生じやすいため、それを防ぐ一面もある。

試行錯誤をやらせる方が強いということは同意できる。かといって、今の数ある制度をどのように変えればよいのかということに関しては答えを持ち合わせてはいないけれど。

フロンティアがなくなった後のアメリ

1890年代に入ると開拓が終了してしまう。それに伴ってそれまでの原始的な資本主義が行き詰まる。それに対抗して生まれたのが進歩主義である。セオドア・ルーズベルトウッドロウ・ウィルソンはその代表的な政治家である。労働組合や州際通商委員会、連邦取引委員会などが誕生したのもこの時代である。

これと前後して、さらなるフロンティアを求めてアメリカは世界に進出するようになる。それが第一次世界対戦や第二次世界大戦への参戦につながっていく。 第二次世界大戦が終わった後は冷戦、宇宙がフロンティアとなる。宇宙開発が一段落した1970年代に石油危機が生じ、アメリカの勢いが削がれる。

竹中:70年代、80年代とアメリカが次第に公共財としての負担に耐えられなくなって、危機がやってきます。そこで、一つの解決策として、新保守主義、つまりレーガンサッチャー、コール、日本では中曽根さんが「小さな政府」と「規制緩和」を掲げ、流れを作っていきましたよね。(中略)ああいうふうに制約条件が大きくなったときというのは、日本がポッと浮かび上がるんですよね。
佐藤:たとえば環境問題ですね。そのアメリカと日本の関係って面白いですよね。石油ショックアメリカが困ったとき、日本の自動車産業が大躍進したわけですよね。その意味で行くと確かに「環境」というのは希望かも知れませんね。
竹中:環境基準を厳しくしろ、厳しくしろと、世界で先駆けて言うほうが、絶対に日本の戦略としてはかなっているんです。

冷戦終結後、ついに一極支配となる。イラク戦争の失敗を区切りに現在は一極支配にも限界が見え始め、尖閣諸島の問題や基地負担の話題として日本にも影響が出始めている。 このあたりは『クレムリン・メソッド』でも触れられていた。

クレムリン・メソッドをまとめておく ~その1~ - 予行練習

現在フロンティアはどこにあるのだろうか。すなわち、今アメリカが力を入れて「開拓」している分野はどこだろうか。色々考えられるだろうが(そもそもアメリカの影響力が小さい分野というのも思いつきにくい)、まず言えるのはインターネット産業だろう。2018年5月現在の世界時価総額ランキングのトップ5は上からアップル、アマゾン・ドット・コムマイクロソフト、アルファベット(Googleの母体)、そしてフェイスブックとなっており、すべてがインターネットやPCに関わる企業である。

世界時価総額ランキング2019 ― World Stock Market Capitalization Ranking 2019

少し前の話になるが、米国防総省は2011年にサイバー空間を陸、海、空、宇宙と並ぶ第5の戦場と明記し、サイバー攻撃に対する軍事的報復を示唆した。

「サイバー空間は新たな戦場」 米国防総省が新戦略 :日本経済新聞

アメリカはインターネットがフロンティアであると見なしていると判断してよいだろう。昨年から今年にかけて日本でも話題になった仮想通貨もインターネット産業の一部である。

では、それが行き詰まるとしたらいつ、どのような形で起こるだろうか。インターネットの次のフロンティアはどこだろうか。

佐藤・竹中は環境を挙げている。確かにトランプ大統領はパリ協定からの離脱を表明しており、環境問題をフロンティアとは見なしていない節がある。

トランプ大統領、パリ協定離脱を発表 同盟国や米経済界に波紋 | ロイター

インターネットというフロンティアが開拓されていった結果、環境問題の深刻化という形で行き詰まるということになるだろうか。可能性としてはあるだろう。 インターネットの維持には電気が不可欠であり、その電気は化石燃料から大半を得ているためである。 世界の電力消費量は増加傾向にあり、その8割を石油・石炭・ガスが占めている。

f:id:armik:20180618172942p:plain 世界のエネルギー消費統計 | Enerdata

治安はどうだろうか。アメリカやヨーロッパ諸国が抱える問題として、テロ対策がある。インターネットの普及はテロ組織にも警察組織にも恩恵を与えており、インターネットの行き詰まりがテロによってもたらされるとは言えないが、欧米諸国で不安感が高まっているのは事実ではないか。 日本はテロによる被害が比較的少ない。少ない理由は宗教的なものや、武装のしにくさや税関の厳しさといった法制度などが考えられる。移民が少なく、国民が比較的均質であるということも挙げられるだろう。

ともかく、ニューワールド、フロンティア、そして多様性がアメリカを理解する助けとなるらしい。