『経済ってそういうことだったのか会議』 第8章 起業とビジネス

マーケットで生き残る企業とは

竹中は、なんのためにこの会社が存在するのかを説明した「ミッションステートメント」が明確にならない限り企業はマーケットで成功しないという。 企業とは、あくまで目的を達成する手段の一つである。さらに言えば、目的を達成するための資金集めの手段の一つである。

ミッションステートメントの達成は一人では難しいことが多い。そのため、人手と資金の両方で他人の協力が必要となる。 ミッションステートメントが固まっていれば、説得も容易になる。

これは研究でも同じである。自分の研究内容や必要性をきちんと説明できなければ外部からの支援は得られにくい。

イメージすること、イメージさせることが企業に必要

では、どうすれば明確なミッションステートメントを得ることができるのか。

佐藤はそれには明確なイメージングが必要だという。今はないが、あれば便利になるものや、今は知名度が低いが人々に知ってほしいものなどをイメージし、それに向かっていくことが大事だという。

補完材と代替材

イメージする上で参考になるのが、補完財と代替財であるという。これは2つの財に関する考え方である。

補完財の場合、2つのものを同時に買うことができる。 一方代替財の場合、2つのうちどちらか1つしか買うことができない。

古い例ではあるが、ファミコンとテレビを考える。これらは両方買うことができるため、ファミコンとテレビは補完財である。特にファミコンは、テレビの別の用途を提供するという意味でテレビの補完だと言える。テレビが普及していなければファミコンが売れることはなかっただろう。 しかしながら、ゲームをしている間はテレビを見ることができない。この意味でファミコン(ゲーム)とテレビ(放送)は代替財とも言える。

このように、見方によってはどちらにも捉えることができる。

スマホアプリはスマホを補完するものと考えれば補完財だが、スマホアプリ同士は代替財である。プリインストールされるようなアプリを作ることができれば儲かることは間違いないが、そのためには他のアプリとの競争に勝ち抜く必要がある。

他人の土俵に乗る

自分でイメージを持っていても、顧客にそのイメージを伝えなければ意味がない。逆に言えば、顧客にイメージさせれば現実がそれに追いつくこともあるという。 たとえ今は小さくとも、大きい敵にケンカを直接売れば対等になるというのだ。

佐藤:カネボウ資生堂の牛耳っている化粧品業界に参入したときの戦略は見事でしたね。資生堂がたとえば10だとすると、当時のカネボウは1ぐらいの売り上げしかなかったんですけれど、資生堂が春のキャンペーンで口紅やると、カネボウも負けじと口紅やるんですよ。(中略)そうすると一般の人には、10対10の会社に見えてしまうんです。10対1の売り上げしかないとは思わないんです。そして、その売り上げもだんだん、少なくとも10対3とか4になるんです。

資生堂に対抗して成長したものの、2004年に売却されたあたり、伸び悩んだことがわかる。 現在カネボウ花王の子会社となっている。花王のビューティケア事業の売り上げは約6000億円であり、資生堂の1兆円に迫っている。

www.kao.com www.shiseidogroup.jp

他にもマレーシアのマハティールが挙げられている。ちなみにマレーシアもアジア通貨危機と無縁ではなかったが、マハティールは金利引き下げを断行するとともに、外貨取引を規制することでいち早く経済を回復させた。これは中国の取った戦略に近い。

マハティールは今年首相に返り咲いている。どのような政策を取るか注目したい。

参入と退出(出口戦略)

ある程度企業の規模が大きくなると、目的を達成したいという情熱だけでなく別の能力が求められるようになるという。それはライバル他社をいかに蹴落とすかということであったり、より多くの従業員を効率的に動かすノウハウであったりする。情熱と経営術を両方持っている人は多くない。起業した本人がCEOであり続ける企業は少ないというのだ。

企業参謀という本では、製品や企業のライフサイクルを成長期、成熟期、衰退期に分け、それぞれで取るべき戦略が変わってくるという主張がされている。

起業家がCEOであり続けることが少ないというのは、それぞれの期間に向き不向きがある(性格的に戦略を変えられない、戦略を変える必要性に気づけない)ということなのだろう。

これが示唆するのは、どこに参入するかということと同じくらい、どうなったら退出するか(出口戦略)を考えることも重要であるということだ。これは成熟~衰退期に取るべき戦略ということである。

成長期にはとにかく忙しく、そんなことを考えていられない気もするが…

出口戦略の例として、ジレットの元会長(おそらくアルフレッド・ザイエン)の話が載っている。

ジレットといえばカミソリの印象が強いが、カミソリは当時の売上の3割ほどであった。ジレットは電池や筆記用具なども販売しており、カミソリだけの企業ではなかったらしい。

ザイエンはコールマン・モックラーの後を受けて会長に就任し、就任後すぐに部門の整理を行ったという。 その時のビジネスの取捨選択には4つの基準は次の通りである。

  • 既存の事業より高成長が期待できる
  • 可能性としてシェア1位になれる
  • 国や地域によって商品を作り替える必要がない
  • 技術開発で製品を高度化できる

この条件に合わない部門は売却したという。 当時は2枚刃のヒットを受け、3枚刃を出したところだった。ジレットは2005年にP&Gに買収されてしまっているが、カミソリは5枚刃になっており、高度化している。

なお、ジレットの会長としてはコールマン・モックラーの方が有名なようだ。日本語にしても英語にしてもGoogleのヒット件数はモックラーの方が多かった。 モックラーの就任期間は1975–91とザイエンの1991-99より長く、就任中に3度の買収危機を乗り越えたことで評判となったらしい。

History of The Gillette Company – FundingUniverse

Alfred M. Zeien - Leadership - Harvard Business School

Gillette - Wikipedia

ジレットほどの大企業となると、新しいことを始めるのはさほど難しいことではない。しかしながら、終わらせるのは難しいという。 一度始めたものを終わらせるには、ザイエンのように条件を決めておくことが重要である。

企業だけでなく個人にも同じことがいえる。人はサンクコストに気を取られる傾向がある(いわゆるサンクコストバイアス)ため、始める前にある程度出口戦略を決めておかなければ後に引けなくなりかねない。

全く関係ないが、vimを初めて触った時、起動はコマンドを入力するだけだったのだが、終了の仕方を知らずに途方に暮れたことがある。 終活も人生を閉じる作業だと言えるだろう。生まれることへの準備はしようがないが、死ぬことへの準備はできるのだ。

最後に

この本は20年前に書かれたものである。ジレットカネボウは当時は大規模であったのだろうが、今ではどちらもグループ会社となっている。そこに時代の移り変わりを感じる。 現在大企業と言われている企業も、20年後にどうなっているかは定かではない。

ちなみに、この記事では企業のライフサイクルを成長期、成熟期、衰退期の3つに分けた。

クレムリン・メソッド』でもこの3つに分けており(移行期が衰退期と成長期の間に入っているが)、国家レベルでも同じであることがわかる。

クレムリン・メソッドをまとめておく ~その1~ - 予行練習

企業の形態や戦略は変わるかもしれないが、資本主義経済で世の中が回っている限り企業の本質が変わることはないだろう。

起業するにしてもサラリーマンとして働くにしても心に留めておくとよいのは、企業はあくまで価値創造の手段の一つであるということだ。 価値創造を目的としない企業に将来があるとは考えにくいし、価値創造のために誰かの人生を犠牲にするということがあってはならない。

企業参謀 (講談社文庫)

企業参謀 (講談社文庫)