縮約は通訳にも役立つ-米原万里の「愛の法則」

米原万里の「愛の法則」を読んでいたら、同時通訳の実演がされていた。

米原氏によれば、通訳を逐語的にするのはほとんど不可能であるため、伝えたいであろうニュアンスを短く言い直すことで対応しているということだ。

以下に、会見内容を全部翻訳調に訳したものを載せる。

尊敬する同胞市民の皆さん

中央銀行ロシア連邦政府の発表した新旧通貨の切り替え処置に関して次のことを申し上げます。

第一に、中央銀行ロシア連邦政府の発表に基づき実施されている新旧通貨の切り替え処置は、ロシア連邦最高会議の承認を得たものではありません。

第二に、通貨両替限度額を三万五千ルーブルとし、銀行預金を向こう六ヶ月凍結するという行為は、言うまでもなく差し押さえ・押収に等しいものであり、はっきり申し上げて、人権を侵害するものであり、最高会議の指示をとうてい得られるものではありません。

さらには、今日の複雑な政治的、社会・経済的状況の中で、当該処置は国内の事態をさらに困難にするものであり、当然のことながら、緊急に訂正を要するものであります。

第三に、このような状況のもとで、最高会議は、緊急に両替額制限を撤廃すべきであると考えています。両替は、組織的、計画的に実施すべきであり、断じてロシア国民と CIS 諸国の、承知のとおり、同通貨が流通している国々の国民の利益を損なうものであってはなりません。

第四に、私が申し上げたいのは、もし、銀行と政府がこの制限を撤廃しないならば、われわれは緊急に最高会議総会を招集し、しかるべき決議を採択するものであります。同時に、おそらく、この処置に責任を負う要職にあるものは、更迭されることになるでありましょう。

第五に、私はロシア連邦 、CIS 諸国の、承知のとおり、同通貨が流通している国々の国民に対して、落ち着きを保たれるように呼びかけます。

皆さんの利益は、必ずや最高会議によって擁護されるでありましょう。

ありがとうございました。

実際にはこれがロシア語で話される。それを日本語に同時通訳しなければならない。

ざっと読んでも内容がつかみにくい。

米原氏もこのままではわかりにくいとし、日本語にする際にはもっと言葉の数を少なくして、発信者と受信者の持つ概念を近づけるという。

まず、最初に「尊敬する同胞市民の皆さん」と言っていますけれど、「尊敬する」という言い方は、ロシア語であれ、英語であれ、ヨーロッパでは誰かに呼びかける時に必ずつける枕詞みたいなものですから、これは省いてしまってもいいんです。

だから、「同胞の皆さん」、これで十分です。これだけでも、基本的な意味はちゃんと通じるわけです。

次に、最初の文章で、「中央銀行ロシア連邦政府の発表した新旧通貨の切り替え処置に関して、次のことを申し上げます」とありますが、ここで「次のこと」というのは、これからそのことについて話すのですから、情報としては必要ありません。

つまり、まずわかりきった情報や余分な情報、大事な情報をもう背負っていないような言葉や他の言葉で通じてしまう部分をどんどん切り取っていくわけです。

これがロシアでの放送ならば、もうみんな中央銀行とロシア政府が行ったことだと知っていますから、この「中央銀行ロシア連邦政府」という言葉も省いてしまってもいいのですけれど、日本では知らない人もいますから、これはちゃんと訳すことにします。

次の「第一に」の文章は、大部分が既に前の文章で言ってしまっていますね。ですから、全部省いてしまっていいわけです。単に、「第一に、これは」と言ってしまっても分かります。「第一に、これは、ロシア連邦最高会議の承認を得たものではありません」。日本人に分かりやすくするためには、「ロシアの国会の承認を得たものではない」と言えば、これで必要な情報は全部伝わります。

同じように、「第二に、通貨両替限度額」という部分は、通貨の話をしているのですから、単に「両替限度額」だけでわかります。 「三万五千ルーブル」、これは新しい重要な情報ですから、そのまま残します。

「銀行預金を向こう6ヶ月凍結するという行為は」というのは、凍結そのもののことで「するという行為」は必要ない。だから、「六ヶ月の凍結は」とします。

「言うまでもなく」は、言うまでもないから言わなくてもいいわけで、これも省きます。

「差し押さえ・押収に等しいものであり」。これは差し押さえだけ残して、「差し押さえであり」とする。

「はっきり申し上げて」。この人はちゃんとはっきり言っているわけですから、これも省いていい。

「さらには、今日の複雑な政治的、社会・経済的状況の中で、当該処置は国内の事態をさらに困難にするものであり」。 これは、「現在の苦境をさらに困難にする」とか「先鋭化させる」とかそういう言葉でいい。「当然のことながら」は省きます。

それから、「第三に、このような状況の下で」というのは「このような状況」についてずっと話していますから、これも省きます。

次に、「ロシア国民と CIS 諸国の、承知のとおり、同通貨が流通している国々」というのは、これは全部合わせて「ルーブル圏」と言ってしまえば通じてしまいます。

ルーブル圏の国々の国民の利益を損なうものであってはならない」とすればいいわけです。

そして、「第四に、私が申し上げたいのは」。こんなのも省いていいですね。

「この処置に責任を負う要職にあるものは」などというのは、「責任者は」で十分です。「責任者は更迭されることになろう」。

そして、「第五に」のところは、やはり「ルーブル圏」とします。

こんな風に通訳していくんです。

余計な修飾、反復や強調を落とすことで、伝えたいであろう情報をそのままに、語数を少なくするというのは縮約そのものである。

言葉の意味はその字面だけでなく、文脈に依存する。そのため、より正確に情報を伝えようとする場合には文脈を説明するような語句が文章に入ってくる。

ただ、この説明は文脈を共有していない人の理解の助けになるだけであり、文脈を共有している人には必要のないものである。

そのため、文脈を共有していることを前提にすれば、文脈を説明するような言葉を削っていくことができる。

今の例ですと、これだけカットすると音として聞こえるものとしては、大体半分くらいになります。しかし、情報量はほとんど変わっていません。

なぜ変わらないかと言うと、実は人間の言葉というのは、小説でも、論文でも、新聞でも、実際に文字に書かれたことや音になったもの以外のものを、たくさん含んでいるからです。

ふつうそれを文脈とか前後関係とか言っていますけれど、これに頼って私たちは言葉を使っているのです。

一つの言葉についても人それぞれ、様々なものをイメージします。けれども、そのイメージは文脈によって狭められて、最終的にはある一つの意味しか取れなくなるのです。

その言葉は一体何を意味しているのかを、私たちは文脈によって判断するわけです。言葉というのはそういうふうになっています。

今、実際にご覧に入れた省略例も、この文脈に依存しています。つまり、文脈によってわかりきったことは、どんどん省いてしまってもいいわけです。

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)