『自己評価の心理学』 序章

序章だけでも刺さる人には刺さると思うので載せておく。

「私、自分のことが好きじゃないんです……。
子供のころには<別の人間になりたい!>って、よくそう思ったことがありました。自分のことが―自分が自分であることが嫌で嫌でたまらなかったんです。もっとちがう髪だったら、ちがう両親から生まれていたら、ちがう場所に住んでいたら……。そんなことばかり考えていました。ほかの子たちはあんなにきれいなのに……。頭がよくて、人気があって、先生に好かれているのに……。そう思うと、自分が他人より劣った存在に思えてしかたがありませんでした。

いえ、もちろん、それが本当じゃないってことは、自分でもよくわかっていました。たまに母親に相談することがあると、母親もよくそう言っていました。あんたは決して器量が悪いわけでも、才能に恵まれていないわけでもないって……。でも、そんな言葉はなんの慰めにもなりませんでした。いったん気分が落ちこんでしまうと、母親の言葉なんかはまったく信じられなくなるんです。そうして、<私は世の中には不必要な人間だ!>って思ってしまうんです。

だからもう思春期の頃は最悪でした。私はきれいじゃないし、スタイルもよくないって、いつもそう思っていましたから、それこそコンプレックスの塊だったんです。

確かにその頃から比べると、いまは少しはましになったような気がします。でも、いまだって、だれか男の人が私を好きになると、それは何かのまちがいだって、まず真っ先に考えてしまいます。あの人は私のイメージに恋しているのであって、私自身に恋しているわけじゃない。本当の私を知っていたら、好きになってくれるはずがないって……。というわけだから、もし私の方がその人のことを気に入っていたりすると、私はものすごい恐怖にとらわれます。もしこの人と関係を持ったら、この人は私の欠点に気づき、詐欺にあったと思うだろう。この人は本当の私ではない別の私を見ているはずなのだから……。そうなったら、この人は私から離れていくに違いない。そんなふうに思ってしまうんです。でも、私のほうは……。私のほうは自分から離れることはできません。私は私自身のなかに閉じこめられているのです。大嫌いな私自身の中に……。ひとりぼっちの刑を宣告されて……。

私はひとりぼっちです。でも、だからといって、仕事が生きがいになっているわけでもありません。考えてみればあたりまえですよね。自分に自信がないせいで、誰にでもできるようなつまらない仕事をしているんですから……。好きでもなんでもなくて、絶対に興味を持てない仕事を……。

私は自分のことが好きじゃないんです!」

こうして、その若い女性は30分も話しつづけた。まだ私が若い頃、精神科医としての経歴を始めたばかりの頃だ。臨床の経験は少なかったものの、彼女の話を聞きながら、私は途中で口をはさんだり、慰めたりはしないほうがいいと判断した。話をする間、彼女は急に泣き出すこともあった。そうして、泣き出したことを謝り、涙を拭くと、また話しはじめた。いっぽう私のほうは、いくつかの種類のうつ病のうち、どれが彼女の場合に当てはまるか考えてみた。だが、どれも当てはまらない……。この若い女性は、<うつ病にかかっている>という意味で、抑うつ状態にあるわけではないのだ。では、彼女の症例はそれほど深刻なものではないのだろうか?いや、私にはそうは思えなかった。彼女の不幸はもっと深く、子供のころからの人生そのものに関わっている。そんな気がした。

のちに私はこの若い女性がどんな問題に苦しんでいたのか知ることになる。彼女はきれいで頭もよく、こう言ってよければ、しあわせになる条件はすべて整えていた。ただ……。ただ、ほんの少し、自分に対する評価が低かったのである。

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自己評価の心理学―なぜあの人は自分に自信があるのか

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